2018年12月31日

みなさま、どうぞ良いお年を!


今年は書き下ろしの長編を書いているうちに、飛ぶように過ぎてしまいました。

というか、もう大晦日か! つい先週まで夏だった気がするのに!

子供の頃は、僅か四十日の夏休みが、悠久のように感じられました。
それに比べて、昨今の時の速さはどうしたことでしょう。
もしかするとこの数十年で、一秒の長さが実は少しずつ短くなっているのではないか、と私は秘かに疑っています。
たとえば筒井康隆さんのデビュー作で主人公の身に起きた現象が、地球上の全員に起こったとしたら、誰も気づかないんじゃないでしょうか。
地球がものすごい速度で回転している事実を、普段は忘れて暮らしているように。(ん? ……この喩えはちょっと違うかもしれない)

ともあれ、今年一年、ありがとうございました。
来年も「抜け道だらけのブログ」をよろしくお願いします。

posted by 沢村浩輔 at 01:21| その他

2018年12月17日

訊ねやすい人

先日、街を歩いているときに道を訊ねられた。
若い頃からそうだった。どうやら私は気軽に声をかけやすいタイプらしい。
旅先で道を訊かれたことも何度かある。あるのだが、関西から遠く離れた土地で、
「あれえ、ここらへんやと思ったんやけどなあ……」
と関西弁で首をひねっている私になぜ訊くんだ、と不思議に思う。自分が行きたい場所も見つけられないのに、他人の行きたい場所が分かるはずがない。道を訊ねたいのは私の方だ。
「すみません、この辺の者じゃないので……」
という台詞をこれまで何度口にしたことか。
……いや、待てよ。ついそう書いてしまったが、実際はそれほど多くはなかった気がする。せいぜい三、四回くらいじゃないか。少しオーバーに見積もってしまったかもしれない。

先日の場合は地元でのできごとだったが、別の問題があった。私に道を訊いたのは外国からの旅行者だったからだ。
奇妙なのは、その人が十メートル以上離れた場所から、私に向かって一直線に歩いてきたことだ。周囲にはたくさんの人が行き交っていた。にもかかわらず彼は少しの迷いもなく、私の前に立った。
こりゃ道を訊かれるな、と覚悟したら、やはりそうだった。
彼は早口の英語で目的地への行き方を訊ねた。かろうじて聞き取ることができた。だが答えられない。行き方が非常に「ややこしい」からだ。そこへ行くには、まず地下街へ下り、右に左に何度も曲がり、再び地上に出て、左へ右へ何度も曲がらなければ辿り着けない。日本語で説明するのでさえ相当に難しいミッションだ。それを英語でやれというのだ。
私は手振りを交えながら説明しようとしたが、残念ながら言いたいことは伝わらず、彼はどことなく不満そうな顔で小さく会釈すると、せかせかと立ち去った。

いや、期待に添えず、申し訳なかったとは思う。思うのだが、私にもささやかな言い分がある。
なぜあれだけ多くの人がいた中で、道を訊ねる相手に私を選んだのか。他に誰もいないのならいざしらず、訊く相手なら選び放題だったにもかかわらず、だ。
その疑問についての仮説がふたつある。ネガティブなものとポジティブなものと。
前者は、彼は勘があまり鋭くないか、あるいは人を見る目がない、というものだ。
後者だと、彼の目には、私が地理に精通し、かつ英語が堪能なエクセレント・マンに映ったのだ。
私としては後者であってほしいが、鏡で自分の顔を見た限りでは、たぶんその推理は間違っている。

posted by 沢村浩輔 at 13:00| 備忘録とかメモ

2018年12月11日

東京創元社さんから頂きました。


モリアーティ秘録の表紙画像


『モリアーティ秘録(上)』 創元推理文庫
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488129040
『モリアーティ秘録(下)』 創元推理文庫
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488129057

モリアーティとは、言うまでもなくシャーロック・ホームズの好敵手にして悪の化身、あのモリアーティ教授です。

この本を頂いたとき、『花殺し月の殺人』という、現実にあったネイティブ・アメリカン連続殺人事件を調べたノンフィクションを読み終えたところで、そのやりきれない真相に、いささかダークな気分になっていたのですが、東京創元社さんの封筒を開けて本の表紙を見た瞬間、次はこれを読もう、と思いました。
だって、オビの文面がこうです。
「モラン大佐。あなたのご主人が口笛で呼んでるわ」
いったい、どんなシチュエーションで、こんな楽しい台詞が出るんだ?
とりあえず、この台詞を目指して読んでみます。

posted by 沢村浩輔 at 14:43| お知らせ