2019年12月02日

S君のこと。


 僕の友人に、目覚まし時計をセットして眠ると、ベルが鳴る五分前に必ず目が覚めるという男がいた。どれほど疲れていても、ベッドに入る時刻が遅くなっても、寝不足の日々が続いても、五分前になると自然に目が覚めるという。だったら目覚まし時計なんて必要ないじゃないかと問うと、眠る前に時計をセットしないとなぜか寝過ごしてしまうんだ、と友人はとぼけた口調で答えた。
 彼とその話をしたのは、学校の帰りに一緒になり、肩を並べてゆるやかな坂道を駅に向かって歩いているときだった。
 じゃあさ、寝ているあいだに目覚まし時計の電池か切れて、針が途中で止まってしまったら、その場合でもセットした時刻の五分前に目が覚めるのか?
 あるいは、真夜中に誰かが悪戯で彼の部屋に忍び込み、目覚まし時計を持ち去ったら、いったいどうなるんだ?
 ホームで電車が来るのを待ちながら、そんな他愛もない話題で盛り上がった。
 もちろん、そのときのやりとりはすぐに忘れてしまった。どうってことない内容だし、十年近くも昔の高校時代のことだ。
 忘れていた友人との会話を思い出したのは、病院に彼を見舞ったときだった。バイクの事故で意識不明のまま眠り続ける友人の顔を見つめているうちに、いつかのやりとりがふいに蘇ってきて、彼の枕元に目覚まし時計を置いたら、ベルが鳴る五分前に意識が戻るのではないか――。そんなことを真剣に考えた。
 友人は事故から数日の後、一度も意識を取り戻すことなく息を引き取った。
 僕は今、あのときに思い切って目覚まし時計を鳴らさなかったことを後悔している。
 もちろん実行したとしても、彼の意識は戻らなかっただろう。そして僕の非常識な行動は、病院からも彼の家族からも非難されたはずだ。
 それでも試してみるべきだった。たとえ効果がなくても、僕はやるべきだったのだ。

posted by 沢村浩輔 at 23:25| Web小説