2018年12月17日

訊ねやすい人

先日、街を歩いているときに道を訊ねられた。
若い頃からそうだった。どうやら私は気軽に声をかけやすいタイプらしい。
旅先で道を訊かれたことも何度かある。あるのだが、関西から遠く離れた土地で、
「あれえ、ここらへんやと思ったんやけどなあ……」
と関西弁で首をひねっている私になぜ訊くんだ、と不思議に思う。自分が行きたい場所も見つけられないのに、他人の行きたい場所が分かるはずがない。道を訊ねたいのは私の方だ。
「すみません、この辺の者じゃないので……」
という台詞をこれまで何度口にしたことか。
……いや、待てよ。ついそう書いてしまったが、実際はそれほど多くはなかった気がする。せいぜい三、四回くらいじゃないか。少しオーバーに見積もってしまったかもしれない。

先日の場合は地元でのできごとだったが、別の問題があった。私に道を訊いたのは外国からの旅行者だったからだ。
奇妙なのは、その人が十メートル以上離れた場所から、私に向かって一直線に歩いてきたことだ。周囲にはたくさんの人が行き交っていた。にもかかわらず彼は少しの迷いもなく、私の前に立った。
こりゃ道を訊かれるな、と覚悟したら、やはりそうだった。
彼は早口の英語で目的地への行き方を訊ねた。かろうじて聞き取ることができた。だが答えられない。行き方が非常に「ややこしい」からだ。そこへ行くには、まず地下街へ下り、右に左に何度も曲がり、再び地上に出て、左へ右へ何度も曲がらなければ辿り着けない。日本語で説明するのでさえ相当に難しいミッションだ。それを英語でやれというのだ。
私は手振りを交えながら説明しようとしたが、残念ながら言いたいことは伝わらず、彼はどことなく不満そうな顔で小さく会釈すると、せかせかと立ち去った。

いや、期待に添えず、申し訳なかったとは思う。思うのだが、私にもささやかな言い分がある。
なぜあれだけ多くの人がいた中で、道を訊ねる相手に私を選んだのか。他に誰もいないのならいざしらず、訊く相手なら選び放題だったにもかかわらず、だ。
その疑問についての仮説がふたつある。ネガティブなものとポジティブなものと。
前者は、彼は勘があまり鋭くないか、あるいは人を見る目がない、というものだ。
後者だと、彼の目には、私が地理に精通し、かつ英語が堪能なエクセレント・マンに映ったのだ。
私としては後者であってほしいが、鏡で自分の顔を見た限りでは、たぶんその推理は間違っている。

posted by 沢村浩輔 at 13:00| 備忘録とかメモ