喧噪に満ちた都心の片隅にある、静かで落ち着いた雰囲気のカフェ。
二人の男性がカウンター席で珈琲を飲みながら話し込んでいる。
「ときどき思うんだけどさ」
「うん」
「探偵と助手って、ちょっと漫才コンビに似てるよね」
「漫才コンビ? 似てるというのは、ボケとツッコミの二人組、という意味で?」
「もちろん」
「うーん。似てるかなあ……」
「ほとんどの探偵と助手って、仕事だけじゃなく、プライベートでもつきあいがあるだろう?」
「そうだね」
「僕が両者の関係で興味深いのは、仕事をしているときは、ほぼ確実に探偵がツッコミ役になることなんだ」
「そうかなあ」
「じゃあ訊くけど、探偵と一緒に事件の調査をしているとき、君の脳裏に素晴らしい謎解きが浮かぶことはないかい?」
「たしかに、ときどき天啓のように閃くことはあるよ」
「だろ? これが真相に違いない。そう思って意気揚々と推理を披露するんだが、どういうわけか、いつも重要な手がかりを見落としている」
「そうなんだ。そして、その些細な見落としを、探偵に冷静かつ容赦なく指摘されてしまう。悔しいものだよ、あれは」
「つまり、君は推理を述べているんじゃなくて、ボケをかましているわけだ」
「いや、別にボケているつもりはないんだけど」
「しかし結果として、そうなっている」
「……まあ、ね。そういう意味では、漫才的かもしれないな」
「さらに面白いのは、事件が解決して日常の生活に戻ったときは、二人の役割が入れ替わることだ」
「うん、それはよく分かる。なぜか世の探偵というのは、大人としての常識が欠けていることが多いからね。わざとボケてるのかと疑うときがあるよ」
「そして反対に、たいていの助手は世間の常識をわきまえているから、普段の生活では必然的にツッコミ役にならざるを得ない」
「その通り。どうして探偵という人種はあれほど頭がいいのに、誰もが普通にできることができないんだろう」
「まったく不思議だよな」
「うん。実に不可解だ」
男たちは深く頷き合った。
カウンターから少し離れたテーブル席では、二人の紳士が、歴史から哲学、国際政治に至るまで、談論風発、縦横無尽の熱い議論を戦わせていた。
そのとき、テーブルの上に置いてあった彼らのスマートフォンに相次いで着信があった。それぞれのスマホ画面には、警視庁捜査一課の警部と、神奈川県警の警部補の名前が表示されている。二人は何かを期す表情でスマートフォンを耳にあてた。
「ほう、犯人を路地裏に追い詰めたのに、大勢の警察官が見ている前で、犯人が忽然と姿を消してしまったというのですか?」
「何だって? 大富豪が殺されて、犯人は唯一の肉親である甥だと睨んでいるのに、被害者が殺された時刻、彼は札幌で雪祭りを見ていたと?」
「どうやら、久しぶりに私の頭脳を刺激する好敵手が現れたようですね」
「鉄壁のアリバイトリックか。面白い。喜んで力を貸そう」
二人の名探偵は、警察からの出馬要請を快諾すると、愛用のコートに腕を通した。
「君と心ゆくまで話をしたかったのだが、こういうときに限って犯罪が僕たちを追いかけてくる。困ったものだ」
「フフ。残念だが、議論の決着は次回に持ち越しだな」
「ええ、ぜひ近いうちに」
「健闘を祈る」
探偵たちは短く握手を交わし、相棒を振り返った。彼らの助手は、珈琲代の精算を済ませて探偵の指示を待っていた。
「準備はいいかね」
「いつでもOKです」
「よし。じゃあ戦闘開始だ」
「いってらっしゃいませ」
颯爽と店を出ていく二組の探偵コンビを見送ったマスターの顔に、ゆっくりと奇妙な微笑が広がった。
三十年以上にわたって、多くの名探偵に愛されてきた喫茶〈ぶらんすぺーす〉。
この寡黙で穏やかなマスターが、実は都内で起こった幾つもの未解決事件を企てた悪の巨魁だとは、さすがの探偵たちも気づいていないようだった。
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