2019年11月07日

秋から冬へ。


私が住んでいるところでは、今が秋の盛りです。
月が替わる頃にはいよいよ冬が到来しますが、皆さんはどんなことに冬の訪れを感じますか?
私の場合は、まことに不本意ながら静電気です。
先日、不意打ちで指先から火花が飛んで、冬が近いことを悟りました。

一応、静電気が発生するメカニズムは知っているつもりですが、それでも尚、世の中には体質として静電気を帯びやすい人がいるのではないかと思えてなりません。そして個人的な意見を述べるなら、私は明らかに静電気体質の持ち主です。

なんとも忌々しい静電気ですが、もう対処は諦めています。
人は誰しも人生で受け入れなければならぬ宿命があり、私は他人より多くの静電気を帯びることが宿命づけられているのでしょう。
ただ、ひとつだけ願いが叶うなら、どうか金属限定にしてもらいたい。
今年最初の静電気は、干していた洗濯物を取り込むときに起こりました。使っている物干し竿はステンレスではなくプラスティック製なので、完全に油断していました。
敵は金属以外にも宿るのです。
そういえば去年も同じ目に遭って驚いたことを、いま思い出しました。ちっとも進歩してないじゃないか。

posted by 沢村浩輔 at 12:36| 備忘録とかメモ

2019年10月01日

迷路

また夢の話です。

夢の始まりはいつも曖昧で、気がつくとそこにいる、という風に始まることが多い。
そのときも、いつのまにか私は夢の中にいた。
眼下に巨大な迷路が広がっている。かなり複雑な迷路だ。
私は空中に浮かんで、その迷路を見下ろしている。
そこに至った経緯はまったく不明だ。
それで? 俺にどうしろっていうんだ? と思いながら、私はしばらくその場に漂っていた。
ほどなく、その状況に飽きた。飽きると何か進展があるのが、私の夢のいつものパターンだ。
案の定、私は迷路の中を進む(というより、迷っている?)一人の男を見つけた。
さっき迷路を見下ろしたときには誰もいなかったはずだが、まあいい。
私は、何となく男を目で追った。
斜め後ろ上から見下ろしているので、顔は見えない。
目が覚めて時間が経った今では、どんな男だったか、ほとんど憶えていない。記憶をさらってみると、どこといって特徴のない後ろ姿で、長袖のシャツをジャケット代わりにして、淡いカーキ色のチノパンを穿いていたような気がする。
もしかすると、あの男は私なのかもしれない。
そう思った途端、男を応援しなければならない気がしてきた。
迷路はかなりの大きさである。一辺が100メートルくらいだろうか。壁の高さは3メートルほどで、ジャンプしても壁の上端に手が届かないようになっている。通路の幅は水平に伸ばした指先が、両側の壁に届く程度だ。
誰がこんなものを作ったのだろう?
男はどうして迷路の中を彷徨う羽目になったのだろう?
いくら夢の中とはいえ、まったく理不尽な話である。
しかし男は焦ったり怒りを露わにすることもなく、冷静に、粘り強く、通路を進んでいく。
行きつ戻りつしながらも、男は予想外の健闘を見せて、着実に出口へと近づいていった。
「うむ。さすがは俺だ。やるときはやる」
何もせず空中に漂うだけの私が自画自賛(?)した瞬間、迷路に変化が起こった。
突然、迷路の中に三体の騎士が出現したのだ。騎士はそれぞれ黒、銀、黄金の甲冑に身を包み、抜き身の剣を手に、通路を徘徊し始めた。
「ちょっと待て! あんなの、今までいなかったじゃないか!」
私の夢はいつもこうだ。私がうまく危機を脱しそうになると、夢の創造主がいきなりルールを変更するのだ。
新しいルールは必ずこちらが不利になる内容で、必死に獲得したささやかな優位はあっさりと反故になってしまう。
騎士たちはランダムに動き回っているようでいて、確実に男を包囲しつつあった。よく見ると、騎士の剣には血しぶきが点々と付着していた。遭遇した者をばっさりと斬る役目なのだろう。
「不公平だ! 男にも武器を与えるべきじゃないのか!」と私は叫んだが、夢の創造主は無視である。陰険きわまりないとはこのことだ。武器を持った三体の騎士と、防具ひとつ持たない男が戦えば嬲り殺しになるのは確実だ。しかも、あの男はおそらく私自身だ。
仕方がない。私は自分が死ぬところなど見たくない。
私は手の中の小さな機器のボタンを押した。夢の創造主の力が及ばない唯一の品物である〈夢の強制終了ボタン〉だ。

ボタンを押した瞬間、夢の世界は終了し、私はベッドの上で目を覚ます。
巨大な迷路も、迷路の中を彷徨っていた私らしき男も、禍々しい三体の騎士も、すべて雲散霧消する。寝起きの頭に残っているのは、どこか苦い夢の断片だけだ。
そして私は心の中でため息をつく。またつまらぬ夢を見てしまった、と。

posted by 沢村浩輔 at 00:32| 備忘録とかメモ

2019年08月21日

時間の不思議さ。


『時喰監獄』のストーリー展開上、時間が重要な役割を担います。
きっと、そうなるだろうな、と危惧していた通り、小説を書きながら、「だけど、時間って何だろう?」と、考えても詮ないことを何度も考えてしまいました。
ささいなことに気を取られて、キーをたたく手が止まるのが、私の悪いくせです。特に集中力が落ちてきた頃が要注意です。
当然、いくら考えたって答えが出るはずもなく、締め切り前の貴重な時間を浪費しただけでしたが、いつか思い返すときのために、ブログの備忘録に放り込んでおきます。
ひとさまの目に触れる文章ですが、論旨を整えて格好つけるのも何なので、まとまりのないまま、だらだらと書いてしまいます。

宇宙がビッグバンによって始まった、という説は、現在では定説となったようですが、私が子供の頃はまだ、いくつもある仮説のひとつだった記憶があります。
当時を振り返って不満に思うのは、ビッグバンという大爆発で宇宙が一瞬のうちに誕生した、という度肝を抜くような理論を、へえ、そうなんだ、と適当に納得してしまった少年時代の私の態度です。途轍もない話だぞ。もうちょっと驚けよ。驚きが多い方が人生面白いじゃないか。
そのビッグバン仮説によると、「時間」は宇宙の誕生と同時にできたとか。時間って「できる」ものなんだ、とちょっと茫然となります。
爆発についても同様で、一般に爆発というのは、何かが壊れる現象です。ダイナマイトでビルを解体するとか、電子レンジの中にゆで卵を入れてチンするとか、大抵の場合、爆発は我々に破壊をもたらします。にもかかわらず、この世界は「爆発によって生まれた」というのです。いったい、どうなってるんでしょうか。
ときどき、時間とは我々の頭の中にだけ存在している概念であって、本当はそんなものは存在しないのではないか、と思うことがあります。
人間以外の動物は時間など気にしないが、実は彼らの方が正しいのではないか。未来や過去はもちろん、この瞬間の、何時何分何秒という時間さえ、想像の産物に過ぎないのではないか。
だとすると「時間」はビッグバンではなく、人間が創造したことになります。車輪や貨幣や数学をも超える、人類最大の発明なのかもしれません。

posted by 沢村浩輔 at 22:07| 備忘録とかメモ