2018年09月13日

舞子海岸の夕景

神戸市の西端にある舞子からの眺めです。
対岸は淡路島。明石海峡大橋が架かっています。

明石海峡の画像


流れが速いことで知られるこの海峡を、私が生まれるずっと前に、母方の祖父が向こう岸まで泳ごうとしたらしい。(本当だろうか? 結構な距離だけど)
若き日の祖父が海面を颯爽と泳いでいく姿を想像すると、「無謀」「蛮勇」という言葉が頭に浮かび、それじゃあんまりか、と反省して、もう少し穏当な「軒昂」「度胸」あたりに訂正する。
想像の中の祖父が無事に淡路島に到達するのを見届け(?)、ほっとした瞬間に、久しぶりにたこ焼きが食べたくなった。
明石といえば蛸、からの連想に違いない。

熱々のたこ焼きにふりかけた鰹節がゆらゆら、となる情景を思いながら帰途につきました。

posted by 沢村浩輔 at 00:14| 備忘録とかメモ

2018年09月03日

『北半球の南十字星(海賊島の殺人)』を書いた頃のこと。

デビュー以来、今日まで何がいちばん苦しかったかといえば、色々ありますが、ひとつ挙げるなら、最初の単行本の『インディアン・サマー騒動記』がまったく売れなかったときです。
だって、いきなり崖っぷちですよ。
デビュー作が出たばかりなのに、テレビのサスペンスドラマに例えると、番組が始まって五分で犯人が断崖絶壁に追いつめられたような状況なわけです。
これは、えらいことになった、と思いました。
気持ちは焦りますが、とりあえず次の小説を書くしかありません。
問題は何を書けばいいのか、という点でした。
売れなかったデビュー作と同じようなものを書いても駄目だろうし……。
どうしたものか、とあれこれ悩んだ末に私が出した結論は、一作目とはまったく違うものにしよう、でした。
一作目が連作短編集だったので、次は長編を書こう。一作目は基本的に現代日本の話だったので、今度は違う時代設定でいこう。
逆張り思考(?)で中世風の海賊ミステリを書くことに決めました。いつか海賊モノを書きたいと思っていましたが、まさか二作目で書くことになるとは予想外でした。
唯一の朗報は、担当編集者が、何か面白そうな予感がする、と言ってくれたことです。

その言葉を頼りに書き始めましたが、正直、不安だらけでした。
書き上げても出版されるかどうか未定ですし、何とか出版に漕ぎつけても、それが売れなかったら、今度こそ息の根が止まるのだろうな、と思うと鳩尾の辺りをすうっと冷たい風が抜けていくようでした。
他社の編集者さんに、「いま中世の海賊ミステリを書いてるんですよ」と言うと、「あー(と気遣うような表情)、いまは現代の日本が舞台でないと売れないんですよね」と返されて、もしかして俺はハナから勝ち目がない勝負に挑んでるのか、とクラーイ気分になったのも素敵な思い出です。
というわけで心が折れそうになる要素には不自由しませんでした。
最後まで書き切ることができたのは、まだ何も為していないのにフェードアウトしてたまるか、というささやかな意地がひとつ。
もうひとつは、この物語に登場するのが揃って快活な連中だったからでしょう。
危機的な状況に追い込まれても希望を捨てず、粘り強く事態の打開に全力を注ぐ、したたかなアウトローたちの姿に、書いている本人が、逆に背中を押されていた気がします。
その海賊たちを物語の進行につれて一人ずつ殺していくわけですから、ミステリ作家というのは因果な商売です。

原稿を書き上げて編集者に渡したものの、恐れていた通り、出版のチャンスはなかなか巡って来ず、やきもきしているうちに、デビュー作が『夜の床屋』というタイトルで文庫化されました。
望外なことに、この『夜の床屋』が売れ、半年後に二作目の『北半球の南十字星』が出版されました。
『北半球』が出た後、何人もの方から、ずいぶん『夜の床屋』と違うんですね(せっかく売れたのに、どうして似たようなものを書かないんですか?)、と訊かれました。
しかし上記のようなややこしい理由のため、さらりと説明するのがなかなかに難しく、なのでここに書いてみました。

posted by 沢村浩輔 at 01:06| 備忘録とかメモ

2018年07月07日

最近見た夢の話。

 夢の中で、泊まりがけで温泉に出かけた。
 連れはおらず、一人旅だ。
 車に乗り込み、鄙びた温泉旅館を目指す。
 高速道路を降り、山道を走っていると、何度も〈蜂に注意!〉の立て看板を見かけた。どうやら蜂の多い土地らしい。しかし徒歩ならともかく、車に乗っていれば注意する必要はないだろう。むしろタヌキやイノシシが道路に飛び出してこないか、その方が心配だった。
 温泉旅館は、古いがとても雰囲気のいい建物だった。女将の挨拶も快かった。何度も増改築を繰り返したと覚しき建物はどこか迷宮じみていて、ちょっと彷徨ってみたくなる。
 部屋に案内され、仲居さんがお茶を淹れてくれる。私はふと思い出して、この辺りは蜂が多いのですか、と訊いてみた。
「さあ、そんなことはないと思いますが」と仲居さんが答えたので安心した。そりゃそうだ。蜂なんて日本中どこにでもいる。たとえ見かけても、こちらからちょっかいを出さない限り、襲われることはないだろう。
 私はお茶を飲み終えると、浴衣に着替えて露天風呂へ向かった。雑木林の中に設けられた渡り廊下を進む。一応、周囲の木立ちを観察したが、蜂の姿はなかった。脱衣所で服を脱ぎ、熱い湯に肩まで浸かる。体が熱さに順応するのを待って、ゆっくりと手足を伸ばす。うーん、素晴らしい。
 夕食の後でまた湯に浸かり、深夜にも露天風呂を堪能した。翌朝、満足して精算を済ませ駐車場に向かう。
 駐車場にぽつんと駐められた私の車に異変が起こっていた。車内に大量の虫が飛び交っていたのだ。急ぎ足で車に近づいていくと、異変の詳細が明らかになった。スズメバチだ。数え切れないほどのスズメバチが私の車に入り込んでいた。
 スズメバチは私に気づくと、威嚇するように動きに激しさを増し、窓ガラスにぶつかってきた。ガラスが小さくコツコツと音を立てた。
 私は茫然として、車内を我が物顔で飛び交うスズメバチを見つめた。
 なぜ車の中に大量のスズメバチが入り込んだのか、その理由はすぐに判明した。運転席の足元に大きな泥の固まりがあった。わずか一晩のうちに、スズメバチが私の車の中に巣をつくったのだ。まるで木下藤吉郎の墨俣一夜城のような鮮やかな手並みだ――などと感心している場合ではない。私はスズメバチに車を占拠されてしまったのだ。
 もちろん、やるべきことは分かっている。車から蜂を一匹残らず追い出さない限り、私は家に帰ることができない。
 しかし、どうやって? 
 最初に考えついたのは、旅館で殺虫剤を借りてきて、車のドアを細く開けてノズルを差し入れ、「忌々しい蜂どもめ、これでもくらえ!」と叫びつつ、殺虫剤を散布することだった。
 これがいちばん妥当かつ確実な方法に思えた。しかし、と私は躊躇った。彼らが大人しく殺虫剤を浴びてくれるだろうか。蜂たちからみれば私は、彼らの大切な巣に近づいてきた敵なのだ。ドアの僅かな隙間から飛び出してきて、決死の覚悟で私を刺しまくるかもしれない。そんな危険を冒すわけにはいかなかった。
 では、どうするか?
 スマートフォンで検索したが徒労に終わった。スズメバチに遭遇した場合の対処法は、蜂を刺激せず速やかに逃げること――に尽きていた。車の中に巣を作られてしまった場合の処方箋は見つからなかった。たぶん、これは人類初のケースだ。参考になりそうな前例など世界のどこにも存在しないのだ。
 私は頭を振り絞って考えた。まったくのゼロから答えを生み出すという至難の作業を、いま私は強いられていた。しかしいくら考えても苦境を脱する方法は思いつけなかった。
 額や首筋にじんわりと汗が浮いてきた。最初のうち、この汗は苦境に陥ったせいで滲んだ脂汗だと思っていた。しかし、そうではなかった。暑さのせいだ。梅雨が明けて本格的な夏が始まっていたから暑いのは当然である。晴れ上がった空に太陽が輝いている。おそらく気温は三十度を超えているだろう。私はそっと車のボディに指で触れてみた。慌てて手を引っ込める。
 私は車内の蜂たちの動きが、いつのまにか緩慢になっているのに気づいた。さっきまでこちらを威嚇するように狭い車内を飛び回っていたくせに、いまや飛んでいる蜂はごくわずかで、ほとんどの蜂は日射しが当たらない場所に集まってもそもそと動いている。
 そういえば蜂は高温に弱いのではなかったか。以前テレビでミツバチの巣を襲ったスズメバチが、羽ばたきで体温を上げたミツバチに取り囲まれ、〈蒸し焼き状態〉にされて命を落とす映像を見た記憶がある。いや、体温ではなく羽ばたきで熱した風を送り込むのだったか。まあ、どちらでもいい。
 とすれば――。私の予想を裏付けるように、スズメバチがぽとりとシートの座面に落ちた。息も絶え絶えの様子だ。一匹、また一匹と力尽きた蜂が落下していく。
 それから十分と経たぬ間に、すべての蜂がダッシュボードやシートの座面や床の上に転がって動かなくなった。
 勝負はついた。私は「戦わずして勝つ」というあらゆる戦闘の中でもっとも高度な勝ち方をしたのだ。とはいえ達成感はまったくない。ただ、ほっとしただけだ。
 そのとき駐車場の入り口から女将が歩いてきた。和服姿で手に小さなスコップと紙袋を持っていた。
「これをお使い下さい」と女将はスコップと紙袋を私に差し出した。私は頷くと、蜂の死骸をスコップですくって紙袋に入れた。それから運転席の床につくられたサッカーボールほどの大きさの巣を砕いて、そのかけらも紙袋に入れた。
「ありがとう。助かりました」私は紙袋の口を二度折ると、女将に渡した。
「ときどき、こういうことがあるんです」女将が呟いて紙袋をそっと揺すった。かさり、と袋に詰まった敗残の兵たちが渇いた音を立てた。

話は以上です。……まあ、夢ですから。オチもないし、とりとめがないのはご容赦ください。

聞くところによると、夢というのは、その日に脳内に取り込んだ大量の情報を、眠っているあいだに取捨選択し、整理する過程で起こる現象らしい。
しかし私は今年になってから、一度も温泉に行ってないし、もう何年もスズメバチに遭遇していない。
それなのに、なぜこんな夢を見たのだろうか。
私の仮説は、脳はその日に仕入れた新しい情報だけでなく、保管していた古い情報も、ときどき棚卸を行って整理しているのではないか、というものだ。〈夏の温泉〉や〈スズメバチ〉は、仕入れた時点では脳内に残しておく判断をしたのだが、その後一度も使っていないし、もう要らないんじゃないか、という結論を私の脳が下したのだ。そしてデーターベースから消去する際に、夢の中に現れたのではあるまいか。
この理屈が当たっていれば、もう〈温泉宿とスズメバチ〉の夢は見ないはずだが、こうしてブログに書いたために、今日ふたたび情報を脳に入力してしまったことになる。
だとすれば、いつかこの夢の続きを見るかもしれない。
できることなら、もっと愉快な夢を見たいものだ。

posted by 沢村浩輔 at 15:11| Comment(0) | 備忘録とかメモ