2020年11月04日

救急車のサイレンが近づいてくる方角が分からない問題


これで困るのは、主に車を運転しているときだ。
特に今から交差点を通過しようというときや、前や後ろに大型車がいて視界が悪いときなど、緊急車両が来るのは前から? 後ろから? 右から? 左から? と落ち着かない気分になる。
ところが世の中には、サイレンが聞こえた瞬間、「こっちから来る」とすぐに分かる人がいて感心させられる。
もしここがアフリカのサバンナで、私が草食動物だったとしたら、疾走してくる肉食獣への対応が仲間たちよりワンテンポ遅れてしまうわけだから、これはけっこう致命的なことである。生まれたのが現代の日本で良かったとハンドルを握りながら胸をなで下ろしたりする。

書きながら思いついたのだが、サイレンが近づいてくる方角と距離を把握するのは、耳から入ってきた音の情報を元に、脳内で音場を再構築する作業だとすると、その作業の得意不得意と、空間の中で自分の居場所を把握する作業の得意不得意(いわゆる方向音痴というやつですね)には、何か関係があるだろうか。あるような気もするし、無いような気もする。それがどうした、という話ですが。

あらためて考えると、音とは不思議である。
オリオン座のペテルギウスが超新星爆発を起こせば、数百光年離れている地球の夜空が明るくなるのに、爆発音は届かない。宇宙は真空だから音が伝わらないのだ。
ならば月という大気が存在しない世界の種族であるかぐや姫に耳と声帯があるのは、どういうことなのだろう。地球人との音声によるコミュニケーションに慣れ親しんだ彼女が月に帰った後、両親とどうやって意志を伝え合ったのか少し心配だ。おそらく両親の意思伝達は声帯も耳も使わないはずである。
だとすれば最悪の場合、親子のあいだで映画『メッセージ』のような光景が繰り広げられることになるが、それはなかなか酷な話である。かぐや姫が地球での懐かしい日々を思い出し、涙ぐむなんてことにならないよう願うばかりである。

posted by 沢村浩輔 at 14:56| 備忘録とかメモ

2020年10月31日

『MEMORY―― 螺旋の記憶』


南雲堂さんから頂きました。10月31日発売予定だそうです。



表紙は螺旋階段の途中から底を見下ろしている絵です。そして裏表紙は(おそらく)同じ場所から螺旋階段を見上げた構図になっています。
余談ですが、高いところで下を見たときに足がすくむのは分かるけど、逆に空を見上げたときにも膝から力が抜けそうになるのは、どういう心理メカニズムなんだろう。

posted by 沢村浩輔 at 12:52| お知らせ