2022年02月24日

わらべうたの夢


なんだか夢の話ばかり書いている気もしますが……。

ときどき、夢とは自分の無意識が仕組んだ目覚まし時計なのではないか、と思うことがある。
たとえば、こんな夢を見たときに。

時代設定は、たぶん江戸時代辺り。
場所は自分の家と覚しき町屋だ。
私は縁側に座って、足をぶらぶらさせながら、殺風景な庭を眺めている。
先程から誰かが歌う〈かごめかごめ〉が聞こえてくる。
隣家との板塀の向こうで、女の子が手毬をつきながら歌っているのだ。
しばらくぼんやりと聞いているうちに、私はかすかな違和感を覚え始める。
かごめかごめって手毬唄だっけ?
違うような気がするのだが、よく思い出せない。
子供の頃、自分もこの歌で遊んだことがあるはずなのに、その情景がなかなか浮かんでこない。
たしか、手を繋いだ子供たちが向かい合わせになって歌う遊びだっけか……いや、それは花いちもんめだ。
ああ、そうだ、と夢の中の私はようやく思い出す。
両手で目隠しをしてしゃがんだ子供の周りを、みんなが手を繋いでぐるぐる回りながら、この歌を歌うのだ。
歌い終わると同時に子供たちは足を止める。目隠しをしている子供――その子は鬼と呼ばれる――は、自分の真後ろにいる子供の名前を言う。
見事に言い当てたら、今度は当てられた子が鬼になる。
そういう遊びだった。
しかし、板塀の向こうで、そういう遊びが行われている気配はない。
歌っている少女一人しかいないような気がする。
あるいは少女は子守をしていて、背中の赤ん坊をあやすために歌っているのかもしれない。
少女の歌声は優しい響きだった。鞠をつくトントンという音も同じくらい優しい。だから子守をしているのかな、と連想したのだろう。
だが、かごめかごめは、赤ん坊をあやすのにあまり相応しくない。
もうひとつ不思議なことに気づく。
かごめかごめは短い歌である。
ゆっくり歌っても、すぐに終わってしまう。
それなのに、私は少女が歌うかごめかごめを、もうずいぶん長い時間聞いている気がしてならなかった。
最後まで歌い終わって、もう一度始めから歌う、というのではない。
私は縁側で物思いに耽りながら、ぼんやりとカゴメ歌を聞いている。
ふと我に返ったとき、聞こえてくるのは、いつも「かーごーめ、かごめ」とか「いついつでーやーる」とか「よーあーけのばんに」であって、まだ一度も「うしろのしょうめん、だーれ?」という、最後の歌詞を耳にしていない。
ほら、今も少女は「いついつでーやーる」と歌っている。そこはさっきも聞いた。いや、もう何度も聞いている。
もちろん、私が考え事をしているあいだに歌が終わり、また繰り返しているのかもしれない。
だが、そうでない気がした。まだ少女は一度も最後まで歌い終えていないのだ。
何故なのだろうか。
考えれば考えるほど不思議だった。
私は好奇心を抑えきれなくなり、草履に足を入れ、庭を横切って板塀のところに行った。
粗末な板塀には、あちこちに隙間が空いていた。
ちょうど目の高さにあった隙間に顔を押し当て、私は向こう側を覗いてみた。
板塀の向こうも、どこかの屋敷の裏庭のようだった。
庭の真ん中に一人の少女が立っていた。
こちらに背を向けているので顔は分からないが、背格好から、おそらく私と同じ年頃だと思われた。
格子柄の着物は乾いた土の色、帯は湿った土の色だった。
少女は右手でゆっくりと、白と藍と草色の糸で編まれた鞠をついている。
だらりと下げた左手の指と素足のかかとが、あかぎれで痛々しくひび割れていた。
「かーごめ、かごめ」と少女が歌い出した。
歌に合わせて、鞠が少女の手と地面のあいだを弾む。
「かーごのなーかのとーりーは」
少女の周囲には千切れた草花が散乱していた。彼女がついた鞠が、薄紅色の花を何度も押しつぶし、泥だらけの花びらが鞠に貼りつく。
「いついつでーやーる」
少女は少し俯いたまま歌った。どこかもの悲しい声だ。
ふいに私はどきりとした。彼女は、かごめかごめを私に向けて歌っているのではないか、と思ったのだ。
「よーあーけーのばんに」
そうに違いないと確信する。
何故なら私が彼女の後ろにいるからだ。文字通り、後ろの正面だ。
だとしたら……。
「つーるとかーめがすーべった」
この歌が終わったとき、少女は、私の名前を言うだろう。
もし名前を当てられたら、どうなる?
全身がすうっと冷えていく。
決まっている。次は私が鬼になるのだ。
「うしろのしょうめん、だーれ?」

そこで目が覚めた。
たちまち夢は彼方に遠ざかり、現実が私を包み込む。
とりあえずキッチンに行き、熱いお茶を淹れた。
お茶を飲みながら、ぼんやりと想像してみる。
あと数秒、目覚めるのが遅ければ、私は夢から覚めることはなかったかもしれない、と。
今度は私があの裏庭に立ち、背後の板塀から誰かが覗くまで、何年も何十年も、わらべうたを歌い続けることになったかもしれない、と。


posted by 沢村浩輔 at 22:42| 備忘録とかメモ

2022年01月29日

近況報告


久しぶりの近況報告になりますが……。
以前、このブログでお知らせした書き下ろしの長編は、亀の歩みのような速度で進んでいます。
去年の春に書き始め、当時の心づもりでは、今頃はもう完成しているはずだったのに、まだゴールは見えず……。プロットはできているので後は書くだけなのですが、お待ち頂いている方には申し訳ありません。
年末になかなか会心のアイディアを思いついたので、それを気分転換代わりにプロットにまとめつつ、本題の書き下ろしを進めていきます。

次回は良い報告ができることを願いつつ――。

posted by 沢村浩輔 at 02:21| お知らせ

2022年01月06日

明けましておめでとうございます


本年も『抜け道だらけのブログ』をよろしくお願いします。


今年最初に見た夢の話などを。

 夢の中で、あまりの暑さで目が覚めた。
 暖房を入れていない真冬の室内がなぜこれほど暑いのか。
 理由は分からないが、喉がカラカラだった。
 とりあえず水を飲もうと廊下に出ると、異常な暑さの原因が判明した。
 サラマンダー(火のモンスター)が家の中に入り込んでいたのだ。
 暑いわけだ。何しろ火でできている生き物である。
 サラマンダーは私を見ると、砂漠でオアシスを見つけたような笑顔で近づいてきた。
 熱風で前髪がチリチリと焦げる。
「ちょっと、何してるんだよ、人の家で!」
 あまりの暑さに、カッとなって私は文句を言った。
「実はこれから里帰りをするんですけど……」私の剣幕に驚いたのか、サラマンダーは上目遣いでおずおずと言い訳をした。「お土産を買ってないことに気がついたんです。でも、気がついて良かった」
 サラマンダーは胸を撫で下ろした。
「手ぶらで帰ったら、常識のない奴だと思われてしまいますからね。危ないところでした」
……いや、勝手に人の家に上がり込んでる時点で非常識だろ。さっさと土産物店に行け。
「何しろ、三十万年前に故郷を出て以来、初めての里帰りなんです」
 三十万年ぶりの帰省か。ちょっと感動的な話だった。
「……それは、楽しみだね」仕方なく、私は相づちをうつ。
「そうなんですよ」私とは対照的に、サラマンダーの声は弾んでいる。「みんな、元気かなあ。早く顔が見たいよ」
 だったら、こんなところに寄り道していないで、早く故郷のみんなに顔を見せてやれよ。
「お土産、何がお勧めですか?」
 サラマンダーが私に訊ねた。
「いや、お勧め、と言われても……」
 モンスターが帰省する際の手土産は何がいいのかなんて、まったく想像がつかない。
 しかし答えない限り、こいつは帰らないだろう。
「そうだな」私は必死に頭を絞って考えた。「お菓子とか、食べる物にしたら? ご家族の好物を土産にすれば、きっと喜ばれるよ」
「なるほど。それは良い考えですね」サラマンダーはポンと手を打った。「では、あなたのアドバイスに従って、蚊をお土産にします」
「か?」私はきょとんとした。
「そう、蚊です。私たちは蚊を主食にしているのです」
「ええと、蚊というのは、夏に人を刺す、あの蚊のこと?」私は、まさかと思いながら訊ねる。
「ええ。その蚊です。どこで売っていますか?」
 私は返事に窮した。蚊を売っている土産物屋など世界のどこにもないだろう。
 だが、そう答えてしまえば、会話がまた振り出しに戻る。それだけは避けたかった。すでに私は脱水症状の一歩手前だ。これ以上サラマンダーと話していたら熱中症で倒れてしまう。
 サラマンダーは蚊を主食にしているのだ。寡聞にして知らなかったが、なんとも不思議な食性である。だけど蚊は季節性の生き物だ。蚊のいない季節は、サラマンダーは何を食べているのか。
 いや、と私はすぐに思い直す。炎でできた生き物が暮らしている場所なら、きっと常夏に違いない。一年中、蚊が生息できる環境なのだろう。
 それならば、と私は名案を思いついた。
「ドライアイスをお土産にすればいい」と私は提案した。「蚊は炭酸ガスに引き寄せられる習性があるんだ。ドライアイスは炭酸ガスを凍らせたものだから、置いておくだけで蚊が集まってくる。上手く使えばお腹いっぱい蚊を食べることも夢じゃないぞ」
 つい、いい加減なことを言ってしまった。
 しかしサラマンダーは私の言葉に感銘を受けたようだった。
「なるほど。ではドライアイスを持って帰ります。どこで売っていますか」
「コンビニにあると思うよ。あ、でも……」
 私は致命的なミスに気づいて顔をしかめた。
「どうかしましたか?」サラマンダーが目敏く訊ねる。
「いや、ドライアイスは熱に弱いんだ。君の体温は何度くらいだっけ?」
「1500℃です」
「……高いな」と私は呻いた。体温が1500℃の生き物がドライアイスを購入したら、受け取った瞬間、炭酸ガスと化して四散するだろう。
 私が説明すると、サラマンダーはがっかりした。
「ああ、それじゃ駄目です」
 サラマンダーがため息をつくたび、熱風が吹きつけてくる。耐えがたい暑さだ。もう我慢の限界だった。
「分かった」朦朧としながら私は言った。「私がドライアイスを購入して、君の故郷に送る手続きをするよ」
「そんなことができるのですか!」
「できるさ。送り先が分かれば、人間世界が誇る宅配便がこの世のどこにでも商品を届けてくれる」
「素晴らしい!」サラマンダーが感動に震えた。体の色が黄色からオレンジに変わり、パチパチと火花が散った。興奮で体温が上がったらしく、室温がさらに上昇した。
 あまりの暑さにぐるぐると視界が回転する。私は壁に手をついて何とか体を支えた。
 サラマンダーは住所を告げた。ゆっくりと二回繰り返した。
 もちろん47都道府県ではなく、郵便番号もない住所だ。当然だ。サラマンダーの故郷なのだから。
「では、頼みましたよ」
 サラマンダーは嬉しげに踊りながら言った。
「ありがとう、ありがとう……」と声が遠ざかっていく。
 私はふわりと気が遠くなり、そのまま意識を失った。
 どれほどの時間が経ったのだろうか。
 気がつくと、私はひんやりした廊下に倒れていた。
 廊下に接していた頬や腕の内側が冷たくなっている。これぞ冬の明け方の廊下だ。
 ゆっくりと上体を起こして頭を振った。
 茫洋としていた気分が、少しずつはっきりしてくる。
 ああ、そうだ。サラマンダーから頼み事をされたんだっけ。
 ドライアイスを送らなければ……。
 そこで私は唖然となった。
 サラマンダーから聞いたはずの住所を思い出せないのだ。
 必死に思い出そうとしたが、駄目だった。
 完全なる忘却、住所の一片さえ覚えていなかった。
 だから私はまだドライアイスを発送できずにいる。
 夢から数日が過ぎた今も、私は落ち着かない気分だ。
 もうサラマンダーは故郷に着いただろうか。
 そしてドライアイスが届くのを、楽しみに待っているだろうか。
 これは夢である。
 現実に誰も困っていないし、誰にも迷惑をかけていない。
 それなのに、私は心のどこかで申し訳なく思っている。
 夢の中で一度だけ邂逅した、サラマンダーとの約束を守れなかったことを。

与太話は以上です。
どうか皆さんの2022年が素晴らしき年になりますように。

posted by 沢村浩輔 at 02:27| 備忘録とかメモ